泣けます

再発が当たり前と言われているので、
月に一度、病院で検査を受けています。
私が通う病院は、普通の病院じゃ手に負えない
高度な治療が必要な患者さんが通う病院。
ご多聞に漏れず、外来受付の周辺はご老人たちで溢れてるし、
待ち時間も1~2時間はザラ。
そんな混雑の中、ベンチで本を読みながら、
人目を憚らず泣いてしまう私。
見かねたご老人が声を掛けてくれます。
「難しい病状なのですか?」
「辛いだろうけど、私も闘ってますよ」
「お若いのに気の毒ですねぇ」
違います!

待ち時間に読んでいる浅田次郎の
「壬生義士伝」
何度読んでも泣かされてしまうんです。
新選組隊士、 吉村貫一郎の物語。
吉村貫一郎という、 南部盛岡出身の実在の新選組隊士の
悲しく、 鮮烈な人生を、斎藤一ら縁者の思い出し語りで追っていく。
今わの際の貫一郎の回想とともに、
二重に、交互に、 この物語は進んでいく。
少しづつ浮かび上がる吉村貫一郎の生き様、胸に秘めた思い。
彼を愛した人たちの優しさ。

亡き父を思い、形見の刀を差し、自ら義のため戦へと赴く息子、嘉一郎。
そして、故郷盛岡でのラスト…
泣かされます。
どことは言わず、場面場面で。
フィクションかどうか、それは関係ありません。
「時代」を、「日本人」を、「人間」を描いた、本当に素晴らしい作品です。
何度も読み返して、苦しいくらい切ないけど、
そこから、なんとも言えない、温かい気持ちになれます。
そして、今迄の自分を省みてしまう。
闘病中もどれだけ励まされたか....
全ての日本人に読んでいただきたい作品です。
「石をば割って咲かんとする花を、何ゆえ仇となさるるのか。
北風に向かって咲かんとする花を、何ゆえ不実と申さるるのか。
それともおのれらは貧と賤とを悪と呼ばわるるか。
富と貴とを善なりと唱えなさるのか。
ならばわしは、ホコリ高き貧と賤のために戦い申す。
断じて、一歩も退き申さぬ。」
「新撰組隊士 吉村貫一郎、 徳川の殿軍ばお務め申っす。
一天万乗の天皇さまに弓引くつもりはござらねども、
拙者は義のために戦ばせねばなり申さん。お相手いたす」
「男親にとって、まことに娘とは始末におえぬものでござるな。
叩くわけにもいかぬ。大声で叱ることもできぬ。
宥めすかしながらただおろおろと、泣きやむのを待つしかねのす。」
「これで良がんすなっす。
無理っくりに腹ば切り、無理っくりにおのれの生涯ば納得しあんした。
何も見えねえ。何も聴けねえ。いよいよ、しめえじゃな。
しづや、しづや。
わしは、息の上がるこのときまで、お前に惚れており申す。
お前を初めて抱いた晩に、死ぬまで惚れ抜くと誓うた約束は、
この通り果たし申した。」
嘉一郎(吉村貫一郎 嫡男)
「お組頭さまに申し上げあんす。吉村嘉一郎は二駄二人扶持の足軽なれど、
藩祖公の昔より御代物ば頂戴する南部武士にてござんす。
こたびの騒動では、お殿様はじめ御家中の皆様はどんたなことをばお考えか知らねども、
わしは南部の侍じゃから、あっぱれ南部武士として死にてえと思いあんす。
御意にそむくことでも、士道だれば仕様ねのす。
何となれば、南部の侍は父祖代々、南部の領民より年貢ばいただいてめえりあんした。
そんだれば、御殿様がならねえと申されても、わしは南部の誉れのために死に申す。
百姓領民のためば思うて御城に白旗ば掲げた御殿様のお心は有難えと思うだども、
なれば尚更のこと、わしは南部の誉れのために死にてえと思いあんす。
んでなければ飢饉のたびにおのれが飢えて死んでも年貢ば納めた百姓領民に
申し訳ながんす。南部の百姓からいただいた体は、南部の百姓にお返し申す。
南部の人々ば賊とした薩長を、一人でも二人でもぶった斬って死にてえと思いあんす。
わしは、痩せても枯れても、南部の侍でござりあんす。」
「出立のおり、お組頭様より頂戴した昇旗でござんす。
二十万石はこんたな足軽ひとりになってしもうたが、
わしは南部の武士だれば、たったひとりでもこの旗ば背負って戦い申す。
二十万石ば、二駄二人扶持にて背負い申す」
「母上さま
最後の最後に
ひとっつだけ
嘉一郎は
父上と母上の子でござんす
そのことだけで
天下一の果報者にてござんした
十七年の生涯は
牛馬のごとく短けえが
来世も
父上と母上の子に生まれるのだれば
わしは
十七年の生涯で良がんす
いんや七たび
十七で死にてえと思いあんす
母上様
どうか来世でも
父上と夫婦になり
嘉一郎ば
産んで下んせ
お願えでござんす母上様
んだば
母上様
母上様
母上様 」
ドラマ化、映画化されたけどやっぱり原作がダントツ!
嗚呼、男とはかくありたい!

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